The King with Donkey Ears

ドラマ視聴素人の感想置き場。自分のために書いてます。

3年B組金八先生 第二シリーズ 『卒業式前の暴力2』を見た

3年B組金八先生』の第二シリーズ、
リアルタイムではもちろん見てなくて
(多分生まれてない。というか親同士出会ってすらいない)
再放送で1回通しで見たことがあります。
(確か昔のTBSは17時台にドラマ再放送枠があったのです)
金八先生はその枠で第三シリーズ以外は全部見たかな?
その再放送枠の廃止も結構昔なので、遠い記憶なんですけども。


そんなわけで、TVer金八先生一挙配信、となってて
もちろん見返そうかなという気持ちは少し生まれたのですが
なにせ…量が半端ないじゃないですか(笑)

既に昔1回見てるし、第五シリーズ以降はリアルタイムで見ていたし、
今回はスルーでいいかな、と思ったんですけど、
伝説と言われる回『卒業式前の暴力2』だけは、

ちょっと見返しておこうかなと思い、見ました。

 

いやあ、良いよなあ。ほんと良いよな、この回。
本放送からもう40年以上経っているんですけど、
未だにテレビドラマでこの回を超える回はそこまで多くないんじゃないですかね。
熱量と、パワーと、そして本気が満ちている。見ごたえがあるよなあ。
なぜか序盤からウルウルしてしまったんだよな、見てて。


加藤たちが放送室に立てこもった
→謝罪を勝ち取る
→世情
→警察に連れていかれる加藤の後ろを母ちゃんが追いかけてる


このシーンももちろん良いんですけど、それはまあ多くの方が
あそこの一連のシーンについて言及しているだろうから今回はスルー。


自分はむしろその後の桜中学と荒谷二中と警察の話し合いのシーンが好きだなあ。
まじで10回以上見返した。でも飽きない。すごい。
音楽とかほぼ流れないんだよね。
出演者同士のやり取りだけで進行する。
でも何度でも見返せる。そのたびにグッとくるシーンが満載。すごすぎん?


もはや演技をこえた現実みたいだった。すごい。すごいしか言えない迫力なんです。


その中でも胸に刺さったシーンは、


桜中学PTA会長の
「だから!となりがあるんでしょ!?町内があるんでしょ!?昔はねえ、あんた、
親が叱れなくたって、代わりに叱ってくれる大人が町内に必ず一人や二人いたんだよ!
民主主義だかなんだか知らねえけど、てめえはてめえ、それも結構だよ?
だけどさ、その『となり』はどこ行っちまったんだい。わたしはそれが気に入らねえんだよ!」

 

松浦悟の父親の
「我々にもあの時代はあったんです。

分かろうと踏み込めば分からないはずではないし、
自信をもって引きずり込めば、この手の中に必ずはいってくるもんじゃありませんか?」ってところ、

刑事が「子供たちは自分の都合のいいように解釈する。だから問題が起こる」と言ったことへの金八先生の反論
「問題が起こったっていいじゃありませんか!彼らはまだ未熟なんです!だから間違うんです!
間違ったら繰り返し繰り返し『それは間違いだ』と教えてやる。これが教育なんです!」

 

そしてそれに付け加えられて、
「そのとおりっ!だけどねえ、教育は学校の専売特許じゃないからね。

子供たちが間違ったら大人は叱ってやらなくちゃならねえんだ。
そのかわり、いいかい?子供たち良いことやったら、大人はちゃんと褒めてやるべきなんだよ。」 

 

川北校長の
「私は、疲れていたんです。疲れ果てていたんです。」ってところ。

そして加藤たちを解放した後の滝田刑事の
「一言だけ言っておくことがある。お前たちを返すのは、ここにいる大人たちが、
それこそ捨て身でお前たちの人生を真剣に考えてくれたからだ。
『心配かけました』とちゃんと謝りなさい。いい気になって、また事件を起こしたときは、
警察は今度こそ絶対に許さないということを覚えておきなさい!」


ってところですね。
脚本が良いのはもちろん、演じている方々の演技も演出も、すべてがシンプルかつ熱い。

帰ってきた加藤と松浦を殴った後に抱きしめた金八先生
顔くしゃくしゃにして泣く二人見たら、

見ているこっちもボロボロ泣いてしまいました。


でさあ、バックに海援隊の『人として』が流れてさあ、
警察署前で待っている3Bのメンバーのところに加藤と松浦がまじっていくのよ。
そこでまたウルウルしてた。というかこの回はほぼ全編泣いてた。
完璧。完璧オブ完璧。

 

 

本放送は1980年10月~1981年3月で、もう40年前の作品。
CGとかほぼ存在しないし、映像技術だって良いわけではない。

それでも、ここまで見ている人間の心を惹きつけるというのは…
奇跡の回としか言いようがないんだよな。

ほんと最高…。


自分は今まで、ドラマだとか映画だとか漫画だとか小説とか、
とにかく創作物に何を求めているか、

たまに考えてみることがあったんだけど、
人同士のふれあいや、作品のパワーや、本気が見たいんだなあ、と

分かった気がします。

 

この作品、特に『卒業式前の暴力2』にはそれがレベルMAXで備わっていた。


どんなに技術や映像が進歩しても、緻密な伏線とやらがあったとしても、
『人間』の説得力と、本気と熱量とパワーの無い作品は、
個人的には全く惹かれない、と今回見返してみて確信しましたね。
(そもそも伏線がどうのこうのいう風潮は嫌い。アホちゃうかとすら思ってる)


もっとも、今の日本人に自分が求めるような『パワー』があるのか

自体疑問に残りますけど…。

 

それがないと、創作物自体作りにくいかもしれませんね。